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【復興応援隊インタビュー ~土と風~南三陸地区】情報発信力を高め 誘客増につなぐ

情報発信力を高め

誘客増につなぐ

南三陸地区復興応援隊・柳井謙一さん(31)

〔プロフィール〕1984年5月生まれ、東京都立川市出身。民間企業に勤めた後、フリーでデザイン関係の仕事を手掛ける。2013年1月から南三陸地区復興応援隊。2015年5月から南三陸商工会に所属し、南三陸さんさん商店街(南三陸志津川福興名店街)運営組合の業務に携わる。

 

南三陸さんさん商店街運営組合組合長・阿部忠彦さん(53)

〔プロフィール〕1962年5月生まれ、南三陸町出身。南三陸さんさん商店街で日本茶の製造販売を手掛ける「阿部茶舗」を営む。2014年1月から商店街運営組合の組合長を務める。

 

〔南三陸さんさん商店街(南三陸志津川福興名店街)〕宮城県南三陸町の志津川地区に2012年に開設された仮設商店街。飲食店や小売店、理美容店など地元の事業者32店が軒を連ねる。フードコートや特設ステージがあり、週末は観光客らでにぎわう。参加店舗が地元で獲れる旬の海産物を使い、工夫を凝らして提供する「南三陸キラキラ丼」が人気。

◆SNSを積極的に活用

─柳井さんの活動について教えてください。

柳井さん 「私は2015年5月からさんさん商店街の業務に携わり、もう1人の応援隊と一緒に情報発信を担当しています。ほかに商店街のイベントをサポートしたり、視察訪問に対応したりと、商店街全体に関わる窓口的な役割もあります」

阿部さん 「柳井君はフェイスブックやツイッターといったSNS(ソーシャル・ネットワーキング・サービス)を積極的に使い、効果的に情報発信してくれます。ホームページもスピード感を持って整備してくれました。また今年6月から地元のお客さん向けに朝市を始めたのですが、ホームページを見て町外からもお客さんが来てくれます。どの活動も多くの誘客に結び付いていると思います」

柳井さん 「さんさん商店街には全国に固定のファンがいます。フェイスブックで情報を発信するとたくさんコメントを寄せてくれるので、良い交流の場となっていますね。イベントやキラキラ丼の情報などを毎日発信するようにしています。フェイスブックの情報をツイッターとも連動させて発信していますが、やはり多くの人が情報を拡散してくれる。ツイッターのタイムラインに商店街の情報が流れる件数(読まれる情報の件数)は1カ月に30~40万回にも及びます」

阿部さん 「商店街の人間は、情報発信の方法なんて知らないからね。柳井君が来てくれて、意義や活用の仕方を教えてくれた。商店街の情報発信力を強化してくれました」

─大変だったこと、乗り越えてきたことはありますか。

柳井さん 「何だろう(笑)」

阿部さん 「柳井君は、大変だと思わない人だよ(笑)。何でも楽しんでやっているから」

柳井さん 「そうですか?補助金の申請手続きで大変だった記憶はあるけど(笑)。商店街のみなさんとはもう家族みたいな感じで、協力し合えています。そのおかげか、大変さはあまり感じません」

─柳井さんは応援隊としての仕事の傍ら、オリジナルグッズの開発・販売を手掛けているそうですね。

柳井さん 「はい。南三陸町にチリ共和国・イースター島から贈られた本物のモアイ像があるのですが、そのモアイ像をモチーフにしたオリジナルグッズを作っています。商品は商店街の土産物店などに卸し、販売してもらっています。これまで小物や菓子など40種類ほどの商品を開発しました。最近作ったのは、南三陸の砂を使った手のひらサイズのモアイ像。町の復興が進み、以前の美しい砂浜が戻りますようにとの願いを込めています」

阿部さん 「うちの店でもパッケージにモアイ像が描かれた抹茶ゴーフレットを販売しているよ(笑)」

柳井さん 「せっかく観光資源としてのモアイ像があるのに、当初はグッズを作る人がいなかったんです。それで、土産物を作ったら売れるんじゃないかと考え、仲間と始めました。小遣い稼ぎ程度の感覚で(笑)。最初に作ったのがモアイ像の飴です。1週間足らずで400個売れて。慌てて増産しました。そのうちに欲が出てきて、いろいろなグッズを作るようになったんです」

─始めての仕事なのに、順調だったんですね。

柳井さん 「最初は商品を開発するにもお金がなかったので、家族に借金しました(笑)。始めて1年半はまったく利益が出ませんでしたよ。売上が上がっても、新しい商品を作ったり、在庫を注文したりしなくちゃいけないので、手元にお金がない。飴を作ってから1年後、ようやく仲間と1万円ずつ分け合いました。商売って大変ですよね(笑)。続けてこられたのは、商品を考えるのが面白かったから。地元の人も商品を気に入ってくれ、嬉しいです」

柳井さん 「都会で仕事に就けば応援隊の倍の給料をもらえるかもしれない。しかし、毎日1時間以上も満員電車に揺られたり、仕事は会社の中の歯車として終わってしまったり・・・、いろいろなストレスがあります。南三陸で応援隊の仕事をしている今は、そういうストレスとは無縁です」

 

─応援隊への評価は。ご要望やご意見はありますか。

阿部さん 「応援隊として南三陸に来る方は、志があって優秀な人たちですよ。能力のある若者の存在は復興の大きな後押しになります。被災地を建て直すためにも、(応援隊派遣の)事業をもっと続けてほしいです」

柳井さん 「商店街の本設に備えて、今後は商業関係や金融、建築のコンサルタントなど専門分野を持った人が来てくれると助かりますよね」

阿部さん 「応援隊の居住環境など生活面も考慮する必要があります。現在は町内に物件が少ないこともあり、応援隊のほとんどが隣の登米市に住んでいる。空き家となった仮設住宅を応援隊の住居に活用するなど、行政には柔軟に対応してもらいたいと思います」

─さんさん商店街の現状を教えてください。

阿部さん 「南三陸町では土地のかさ上げ工事が進んでいます。さんさん商店街も2016年11月末に閉鎖し、本設の商店街に移転する計画です。入居者の7、8割が移転先への入居を希望し、本設商店街の整備計画も大詰めを迎えていますが、テナント料の増額などさまざまな制約があってなかなか希望通りにいきません。そもそも人口が減っていく中で商売が成り立つのか。みんな不安を抱えながら協議に臨んでいます」

柳井さん 「それでも今のさんさん商店街はとてもムードが良いです。組合長の阿部さんがしっかり統率してまとまりがあるんですよね。新しいことにも前向きにどんどん取り組んでいるし、お客さんから見ても魅力的だと思います」

阿部さん 「飲食店は、キラキラ丼だけじゃダメだと言って、新しいメニューを考えているしね。うちは小さい商店の集まり。点在していても魅力は出ない。みんなで寄り添ってタッグを組んでいくしかないんだよね。行政とも観光業者とも連携しあって、魅力を底上げしていきます」

─今後の目標は。

阿部さん 「にぎわいと交流のあるまちづくりをしたいですね。人口が減り、担い手が不足していく中で、住環境や交通システムを整備し、さまざまな課題を解決できる町にしていかなければいけません。私たちは地元の人に喜んでもらえる商店街を目指します。そうすれば町の外の人も楽しんで南三陸に来てくれると信じています」

柳井さん 「私は2016年3月で応援隊の仕事を退職します。独立して南三陸で起業する予定で、モアイ像グッズやモアイ像のパッケージを使った地場産品の通信販売・商品開発を手掛けます。自分で考える力さえあれば、チャンスはどこにでもある。今後はグッズの販売促進や観光客の呼び込みなどを通じて、南三陸に貢献していけたらと考えています」

 

 
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