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【復興応援隊インタビュー ~土と風~石巻市牡鹿地区】鮎川の観光復興へ まち協の活動支える

鮎川の観光復興へ  まち協の活動支える

 

 

石巻市牡鹿地区復興応援隊・関原雅人さん(24)

〔プロフィール〕1990年12月生まれ、新潟県妙高市出身。2014年4月からNPO法人キャンパーに所属し、石巻市牡鹿地区復興応援隊として活動している。

鮎川港まちづくり協議会役員・大壁孝之さん(45)

〔プロフィール〕1970年5月生まれ、石巻市出身・在住。捕鯨のまち石巻市鮎川浜で40年以上続く外房捕鯨株式会社鮎川事業所の所長を務める傍ら、
まちづくり協議会の活動に携わっている。

〔石巻市牡鹿地区〕

宮城県の北東部にあり、太平洋に突出した牡鹿半島一帯を指す。2015年9月末現在、約3000人が暮らす。沿岸部はリアス式海岸で、小さな浜が数多く点在する。中心地は半島先端の鮎川地区。震災で津波の被害を受け、死者・行方不明者は計114人に上った。

 

 

 

◆商業施設の構想を協議

 

─お二人の活動について教えてください。

 

関原さん 「私は昨年から牡鹿地区復興応援隊として活動を始めました。今年は鮎川地区の商業者や観光業者らでつくる鮎川港まちづくり協議会の事務局を担当しています」

 

大壁さん 「協議会は復興後の鮎川のまちづくりを考えるため、2013年に発足しました。事業者や関係者25人が参加しています。牡鹿は捕鯨で栄えてきた町。当社はこの鮎川浜で40年以上前から事業を展開しています。捕鯨会社としても鮎川地区を再建したいという思いから、協議会に参加しています」

 

─協議会はどのような活動を行っているのですか。

 

関原さん 「平成31年度末、鮎川の観光桟橋付近に被災した事業者の方々が入る商業テナント施設と、震災の影響で休業を余儀なくされていたおしかホエールランド、三陸復興国立公園の自然環境などを紹介する環境省のビジターセンターの3つの機能を集めた施設が造られる予定です。現在は協議会の会員と行政が連携し、建物の構造や運営の方法などについて話し合っています」

 

大壁さん 「10月には協議会のメンバーで、千葉県の道の駅などを視察してきました。観光の拠点となる場所に個人経営の土産物店、地元で獲れた海鮮バーベキューの店などが集まる魅力的な施設で、とても参考になりました。自分たちはどんな施設を目指すべきか、次第にイメージがわいてきました。この視察研修会も、関原君がコーディネートしてくれたものです」

 

◆足を運んでニーズを引き出す

 

─活動していて苦労した点は。

 

大壁さん 「実はこれまで、協議会の活動をやめようと思ったことが何度かあったんです。協議会の会員は自由に商売をしていた経営者の集まり。思いや考え方がバラバラなのは当たり前です。会合の集まりが悪かったり、まとまりのなさを感じると、これからどうして良いかと悩んで・・・。しかし関原君が事務局に入ってくれて変わりました。だいぶまとまりが出てきて、もう一度頑張ってみようという気持ちになったんです」

 

関原さん 「鮎川地区の住民は商業者、観光業者、漁業者、会社員などと、多様です。話し合いだけでみんなが一つの目標に向かうのは難しいのかなと考えました。ニーズを掘り起こすために、1人ずつ話を聞いて回りました。最初はよそ者扱いされたこともありましたし、緊張することが多かったです。それでもやれることと言ったら、足を運んで顔を覚えてもらうことだけでした。通っているうち、話を聞かせてもらえることが増えました」

 

大壁さん 「元々田舎にずっと住んでいる人たちだから、外から若い人が来たら可愛く思えてくるもんなんだ(笑)」

 

関原さん 「話を聞くうち、会員の方たちが不安に思っていることがあると分かりました。高齢であったり、後継者がいなかったりとそれぞれ課題がある中で、お金をかけて事業を継続または再開していいのか、という不安です。そこで毎回の協議会の情報を丁寧に説明するよう心掛けました。少しずつですが、計画の全体を理解してもらえるようになり、会合に参加する方も増えてきました」

 

大壁さん 「会合に欠席した人がいると、関原君はその人を翌日訪ねて状況を説明してくれるんですよ。行政との連携もスムーズになりました。牡鹿伝統の鯨祭りの時には環境省の職員を呼んで、ビジターセンターの事業を住民に説明してもらうブースを作ったり・・・。もちろん住民からの意見も聞き取っていました。知恵と努力で、本当によくやってくれると思います」

 

◆活動が住民の希望に

─鮎川地区の現状を教えてください。

 

大壁さん 「鮎川は牡鹿半島の先端にあり、震災の震源地から最も近い場所でした。一方で、石巻市中心部から車で1時間以上離れていることもあり、復興が遅れています。防潮堤やかさ上げなどの工事は進まず、復興公営住宅は完成しないまま。現在でも200人以上の住民が仮設住宅に住んでいます。住民の多くはあきらめの気持ちでいました。それでも協議会の活動が進み、希望を持てるようになってきました。ようやく前向きになり、笑顔が出るようになってきたんです」

 

関原さん 「少しずつ同じ目標を持って進める様になってきましたね」

 

大壁さん 「牡鹿地区は豊かな自然を生かして観光業が盛んでした。震災前は金華山への観光旅行客などが年間で20万人以上いました。震災後はそれが1~2万人のところで低迷しています。だからこそ、新たな施設の建設に賭けたいんです」

 

関原さん 「観光の復興が、牡鹿地区全体の活性化につながります」

 

大壁さん 「地元の海産物を買えるお店や、食べられるお店はもちろん、観光客や地元の人が気楽に立ち寄ってお茶飲みできる場所をつくりたいですね。ビジターセンターやホエールランドは子どもたちの学習の場となります。施設を起爆剤として、牡鹿半島の観光を復興させたいです」

 

◆目標達成へ応援隊の継続願う

 

─活動の課題はどんなことでしょうか。

 

関原さん 「施設の完成予定は4年先です。全員が同じ目標に向かって進めれば良いですが、どうしてもそうなれない時が出てきます。いかにモチベーションを維持、向上できるように働きかけていくか。協議会の中で意見を吸い上げ、行政に届ける活動を続けるしかありません。それを継続していけるかどうかが重要です」

 

─応援隊への評価は。

 

大壁さん 「応援隊のみなさんは町を明るくしてくれました。とても感謝しています。これだけ鮎川を応援してもらうと、こちらからも何かしてやらなければという気持ちになりますね。施設の完成までは応援隊の支援が必要です。ぜひ継続してもらいたいです」

 
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