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【復興応援隊インタビュー ~土と風~石巻市雄勝地区】雄勝の自然や人 魅力を伝え、人を呼び込む

雄勝の自然や人

魅力を伝え、人を呼び込む

石巻市雄勝地区復興応援隊・鈴木拓也さん(30)

〔プロフィール〕1985年9月生まれ、石巻市出身。2014年5月からNPO法人雄勝まちづくり協会に所属し、石巻市雄勝地区復興応援隊として活動している。

 

おがつ復興市実行委員会委員長・高橋頼雄さん(48)

〔プロフィール〕1967年7月生まれ、石巻市雄勝町出身・在住。雄勝硯生産販売協同組合に勤務する傍ら、おがつ復興市実行委員会の活動を続けている。

 

〔石巻市雄勝地区〕

宮城県の北東部に位置し、太平洋に面する。2005年に当時の石巻市と合併した旧雄勝町を指し、2015年12月現在、921世帯、1995人が暮らす。市中心部からは車で約1時間の場所にある。建築材料や硯の原料となる黒色硬質粘板岩が産出され、「雄勝石」として古くから全国に知られている。震災で津波の被害を受け、死者・行方不明者は計243人に上る。

 

 

 

◆イベントで特産品、文化を発信

 

─お二人の活動について教えてください。

 

鈴木さん 「雄勝の魅力をPRする活動をしています。雄勝地区の情報に特化した情報誌『月刊雄勝』の取材と制作が柱の一つです。ほかに町内外で行われるまちおこしイベントを手伝ったり、コミュニティースペース『オーリンクハウス』のスタッフとして働いたりしています。『オーリンクハウス』は、津波で全ての公共施設が流出してしまった雄勝町に住民の憩い・集いの場として設置された民営の公民館です」

 

高橋さん 「おがつ復興市の実行委員長として、復興市を毎月開催しているほか、毎年恒例になったクラフトフェア、ウニまつり、ホタテまつりなどのイベントを主催しています。ウニもホタテも、雄勝の物は品質が違うと言われます。ホタテは貝柱が大きいし、ウニまつりは採算度外視で旬の走りの、一番美味しい時期に実施しますからね。イベントでは重要無形民俗文化財に指定されている『雄勝法印神楽』や郷土芸能『伊達の黒船太鼓』を各団体に披露してもらい、特産品と合わせて雄勝らしい文化の発信にも取り組んでいます」

 

─復興市は震災直後の2011年5月に始まったそうですね。ご苦労も多かったのでは。

 

高橋さん 「雄勝の町はがれきだらけで何もなくなった。わたしも自宅が被災し、避難所にいました。でも『何かやらないと』と思い、仲間に呼びかけたんです。第1回のお客さんは、7割が雄勝の住民でした。震災後に会うのが初めてという人たちがたくさんいてね。みんな泣きながら話をしているんです。無事を確認できた喜びや被害に遭った悲しみ、さまざまな思いがあったのでしょう。わたしはその場面を見て、『こういう場をつくらなければ』と強く感じました。その思いは今でも変わりません」

 

◆人々をつなぐ「月刊雄勝」

─月刊雄勝はどのような方に読まれていますか。鈴木さんはどのようなことを取材し、紹介しているのでしょうか。

 

鈴木さん 「地域の全戸と、震災後に雄勝を離れてしまった方や、全国の支援者の元などに郵送しています。外に出た町民の方への世帯普及率も8割に上り、雄勝の情報が求められていると感じます。小さな告知記事を読んでイベントに足を運んでくださる方もいます。わたしは最近、宮城県南三陸町で行われた『復興グルメF-1大会』を取材し、雄勝の仮設商店街から出店した寿し店の様子を紹介しました。」

 

高橋さん 「鈴木さんが担当するコラムも人気だよ。雄勝の昆布干しとか」

 

鈴木さん 「『メガネに映る十五浜』というタイトルで、面白いと思った雄勝の風景や風物詩を書き連ねています。雄勝では、住民が昆布を乾物にするのですが、採ってきた昆布を自宅の前や道路脇に干すんですよね。黒い物体が一面に広がっているのを初めて見た時は、一体何だろうと不思議で仕方がありませんでした。雄勝の人にとっては当たり前の風景かもしれませんが、外から来た人にとっては魅力的なんです」

 

◆「震災は終わっていない」

 

─鈴木さんはどうして応援隊になったのですか?

 

鈴木さん 「わたしの実家は石巻市の中心部に近い場所にあり、震災の発生当時も市内で会社員をしていました。津波で会社と自宅が被災し、避難所暮らしが始まったのですが、支援されるだけの立場が心苦しくて。地元の漁師グループが始めた泥かきの活動に参加させてもらうようになりました。地域のことは自分たちでやるべきだと思っていましたから」

 

鈴木さん 「その後はがれき処理や焼却の仕事をしました。がれきが片付き、きれいになっていく街を見て、少しは復興に貢献できたかなと満足もしました。次の仕事はやりたいことにつなげたいと思っていたころ、応援隊の求人を知ったんです。内容はオーリンクハウスのスタッフとイベントの手伝いということだったので、いつかカフェを開きたいと考えていた自分にぴったりでした」

 

─活動を始めてどんなことを感じましたか?

 

鈴木さん 「2014年春に雄勝を訪れた時、津波で壊されたガードレールやがれきがそのままになっているのを見て、衝撃を受けました。震災から3年が経つのに、雄勝は震災当時のまま。同じ市内とは思えない。震災はまだまだ終わっていないと感じました」

 

鈴木さん 「別の意味でも驚くことばかりでした。まず海の透明度が実家近くの工業地帯の海とはまったく違う。底まで見通せて魚の泳ぐ姿が見える。豊かな自然に囲まれ、住民のみなさんは法印神楽や雄勝石といった伝統を大切にして暮らしている。自分が育った場所の近くに、こんな素晴らしい場所があったんだと感動しました。気付けば雄勝をふるさとのように思い、大好きになっていました」

 

─応援隊の活動をどのようにご覧になっていますか。

 

高橋さん 「若い人手というのが何よりありがたい。若者が圧倒的に少ないからね。それから鈴木さんは何でも面白がって取り組んでくれる。市内の中心部出身だから、情報を発信する時の目線が雄勝の人と違う。昆布干しに着目したようにね。最近では『硯のけんちゃん』の再プロデュースも頑張ってくれています」

鈴木さん 「『硯のけんちゃん』というのは旧雄勝町時代に生まれたキャラクターです。『非公認キャラクター』として復活して、雄勝のPRに一役買ってもらっています。硯の被り物をしているだけで、ほかのキャラクターに比べて身軽なので(笑)。これまでダンスや釣りなどをしてもらいましたが、雄勝の海を泳いで紹介することも可能じゃないかと考えています(笑)」

 

◆雄勝の人が戻れる場づくり

 

─地域の現状を教えてください。

 

高橋さん 「防災集団移転用の団地造成は完成し、住まいの復興という点では整いつつあります。ですが、雄勝の中心部の整備は遅れている。いずれ地域の人口は半分になると言われていますが、この間に流出が進むでしょう。人口減の要因は複雑で仕方のないことですが、景観を壊す防潮堤の建設など、無理をして新しい街をつくることには反対です」

 

─どのような地域を目指していますか。

 

高橋さん 「昔のまま、今のままの雄勝が好きだという人は地元にも、全国にも大勢いる。雄勝を100年先、200年先も続く地域にするためには、今ある自然や風景、産業を最大限生かし、残すことが一番です。それで若者が1人でも2人でも来る地域になればいい。まずは雄勝の情報を発信しながら、雄勝の人が戻れる場づくりを続けていきます」

 

─鈴木さんの目標は。

 

鈴木さん 「いずれカフェを開きたいという思いは変わっていません。その場所が雄勝になるかどうかはまだ分かりませんが、ここで学んだことを生かし、地域の魅力を発信できる環境をつくりたいと思います」

 

 

 
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