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【復興応援隊インタビュー ~土と風~南三陸地区】地域住民・訪れた人々が共に学ぶ漁業体験プログラムを生み出す

 

南三陸地区復興応援隊・山田虹太郎さん(27)

[プロフィール]

1988年7月生まれ。大阪府出身、南三陸町在住。2013年5月より復興応援隊として活動。東日本大震災以前は大阪で自然体験学習などを手掛ける。震災後に被災沿岸部での自然体験ワークショップ活動を経て、南三陸町に移住。

 

宮城県漁業協同組合 南三陸町戸倉出張所・星昌孝さん(38)

[プロフィール]

1977年9月生まれ。東京都板橋区出身、南三陸町戸倉地区在住。南三陸町戸倉地区の漁業協同組合で、水揚業に10年以上携わる。また漁業協同組合の中の青年部の活動で震災以前から養殖漁業体験プログラムの継承に取り組む。

 

 

[南三陸町戸倉地区とは]

南三陸町は、宮城県の北東部に位置し、東は太平洋に面する。2013年末の人口は14,683人。馬蹄式のリアス式海岸に囲まれている。同町戸倉地区は、町の南部に位置し、人口1,846人。主な産業は水産業。東日本大震災で津波被害を受け、町全体では500人を超える住民が亡くなった。

 

地域住民・訪れた人々が共に学ぶ漁業体験プログラムを生み出す―

 

南三陸町の生業を知る漁業体験プログラムの継承

お二人の活動について教えてください

星さん「宮城県漁業協同組合という会社で働いています。漁師さんの水揚げのお手伝いが仕事となっています。会社の業務内容は、漁業者さんの活動をサポートする保険、共済、金融などのサービスの提供や、漁場の管理ですが、その中でも水揚げが私の仕事です。その中で漁業に携わる若い人達の集まりが、山田さんと一緒に関わっている漁業青年部の戸倉青年研究会になります。

20年以上前から戸倉地区の方々は、地元の子供たちを船に乗せて、養殖漁業の体験・見学をさせていたんです。『自分のお父さん、お母さんたちがどういった仕事をしているか分からない』というところから、地元戸倉地区の子どもたちが、初めて海に出たというのが始まりだそうです。震災前は、後継者が不足している中で、漁協のPRも目的として行っていたんです」

 

山田さん「復興応援隊として南三陸町観光協会に所属し、南三陸町の中でも主に戸倉地区で活動しています。僕は2年半前の5月からこちらに入り、現在3年目を迎えました。漁業青年部の戸倉青年研究会と共に漁業体験プログラムの手配を行っています」

 

山田さんは、なぜ応援隊として南三陸町に関わるようになったのでしょうか

山田さん「元々大阪で自然体験学習などを教える仕事などをしており、震災後は被災沿岸部を回って自然体験ワークショップを行っていました。岩手県の山田町、陸前高田市などを回っていたのですが、その中で南三陸町に『タブの木』という漁協直売所ができるという話を聞きました。そこで『じゃあ盛大なオープニングイベントをやりましょうか』と持ち掛けて、私はスタッフとしてオープンの日にワークショップを開催したんです。そこでたまたま地元の知り合いが一人できて、話しているうちに『こっちで働く?』と声をかけてもらって、観光協会所属の応援隊として就職することになりました。震災以前は東北に来たことはなかったんです」

 

漁協青年部と観光協会の関わりについて教えてください

星さん「震災以前から、漁業体験を行っていることを知った高校などから問い合わせが多く来たんです。年間で1グループ500~1,000人規模の体験の受け入れを行っていました。それが3グループあったので、4,000~5,000人規模で実施していました。船で海に出て、実際に水揚げの様子を見て、水揚げされた海産物をその場で焼いて食べるという形を取っていました。しかし、これだけでは養殖体験をしただけなので、南三陸町を知るということではないと思うんですね。

それが、震災後に公益財団法人ヤマト福祉財団の支援を受けて、漁業体験の復活は遂げることができました。その上、南三陸町は山もあって海もあるんだから、それらの資源を活かしたプログラムをつくろうと、観光協会さんに窓口になっていただいて、とりまとめていただいている。一連のプログラムの中に漁業体験があって、また別のプログラムは山に行くものがあって、町に行くものがあって。『南三陸町の町ぐるみでやってみませんか』というのが始まりだったんです」

 

山田さん「震災があったその日に、あるスタッフは、『もうこの町では観光なんてことはできないんだろうな』と思ったそうなんです。しかし漁業者の方から、船などがまだ復旧していない中で、『また漁業体験プログラムをやりたいんだ』という話を聞いたのを受けて、プログラムづくりを検討し始めたそうなんです。しばらくの間は、水面に浮いた瓦礫の撤去や流された船の引き上げ作業など、自分たちの仕事の環境整備に取り組まなくてはいけない状況であったにも関わらず、そういう話が出たこと自体がすごいことだと感じました」

 

観光協会の役割

山田さん「受け入れ先だけで、予約を取りまとめたり、当日のやりとりを行うのは大変な面があるんですね。そこを観光協会が引き受けて、当日の予約の変更などはこちらで一括してまとめて行っています。現在漁業体験プログラムは町内4か所くらいで行われているんですが、船の大きさや、講師をしていただく漁師の方との調整なども考え、学校などの大人数の受け入れは現在、戸倉青年研究会さんにお願いをしています」

 

「あの森があって、私たちがいる」

活動の中で印象に残っている言葉・エピソードを教えてください

星さん「漁業体験時も、『あの森があって、私たちがいるんです』という言葉が、漁業者さんたちの口ぐせなんです。感動しますよ、漁師さんたちの話を聴くと。『自然に感謝してるんです』という言葉を聴くと『ああ、もっともだなぁ』って。プログラムに参加する子どもや若者にとって、いい勉強になると思います。

普段とはちがった漁師さんたちの言葉、本心というのは、こういうプログラムの機会がないと自分達も聴けないと思います。プログラムの提供者と参加者の双方の学びになるんですよね。普段は出会えない、巡りあわせで出会った人々とコミュニケーションすることは、貴重な体験であると感じています」

 

山田さん「漁業体験で来られるのは、海が身近にない方が多いんです。まず養殖船を見たこともないし、乗ったこともない。見るものすべてが初めてのものなんです。『これは何に使うのか』、『なんでライフジャケットを着るのか』というところから始まる。船に酔うのも初めて経験する。そういう方々にまず、海を知ってもらう。自分たちが普段食べている魚やホタテなどを、スーパーなどで見た時に気にかけてもらえるような思い出をつくってもらいたいですね。

外国のお客様が、一度ホヤの水揚げを見た時に、すごい顔をされて。夏のホヤを水揚げすると、水面からゴゴゴゴと上がって来るのが赤い柱のように見えるんです。1本のロープにぶわぁーっとホヤが連なって付いているので、『これは食べ物なのか?なんなのか?』というような、なんかとても怪訝な顔をされていました。それを実際に食べて、中を見て説明を受けてみることで、『あ、これはこういう食べ物なんだ、もしかしたら今晩の夕食にでるかもね』とお話しをされていたり、お客様によって様々な反応があるのでとても面白いですね」

 

戸倉地区のファンをゆるやかに育んでいく

今後の活動に向けての思いをお聞かせください

山田さん「震災前から漁業体験プログラムの取組の蓄積があったから、自信をもって観光をベースにやっていくことができる。その講師を担う地域の方を育てるというか、その気になってもらうのが我々の役目だと思っています。本業のジャマにならない程度に、お互いがんばるけどがんばりすぎないように、程よく付き合えるようにと思っています。ゆっくりした付き合いというか。南三陸町自体を好きになってもらって、また来てもらえるようにしたいんです。リピーターとかファンづくりを念頭において活動しています」

星さん「細々とでも継続して活動を続けることで、ゆるやかなつながりから南三陸町を訪れる人が増えていき、活動の転機がいずれ必ず来ると思うんです」

 

山田さん「『こんなことしたい』という声が少しずつ町内から聞こえてくるようになった。『戸倉地区には大きなスポットがないけれど、訪れてほしい』という声を、実現につなげていく存在になりたいですね」

 

 
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